おうちがイチバン

アイーン顔のまめ蔵と、お喋りな妹の茶々が送る、やさしくてあたたかい毎日♪

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初盆に寄せて 


だっちゃんへ



だっちゃんの姿が消えてしまって、初めてのお盆がやってきます。



家族はみんな、がんばって生活しているよ。

たまには涙も出るけど、ちゃんと笑って生活しているよ。




今思うと、とっても不思議なんだけど・・・、



うちはお線香を焚かない家なのに、

だっちゃんが虹の橋を渡ってから、

実家に帰ると

お線香のにおいがする場所があったよね。





それは、

みんなのいるリビングのソファーの上からだったり

母の部屋の窓際からだったり

玄関に近い廊下からだったり。。。




いつも同じ場所ではなくて、

その時その時、違う場所でしていたよね。




ほかの家族にそれを話しても、

「わからない」

と言われたけれど、私はいつも感じてたよ。




あ、だっちゃんがこのお家にまだいるんだなって

感じていたんだ。




お姉ちゃんの嗅覚はバツグンなんだよ。

だから

視覚は騙せても、嗅覚は騙せないんだよ。




でも、

49日を過ぎた頃からか、

実家に帰っても、お線香のにおいを感じなくなって

その時にようやく、だっちゃんが


虹の橋を渡っちゃったんだ


・・・って思った。



本当の寂しさを感じたのは、その頃だったよ。

いなくなっちゃったのを実感したのは、その時だったよ。









いまだにI家の会話の中心は、だっちゃんだよ。

だっちゃんが、この世界にいようといまいと、

いつも会話の中心には、だっちゃんがいるんだ。



だっちゃんは、あーだったね、こうだったねって、

思い出話をしながら、みんなで笑ってるよ。



たくさんの楽しい思い出や、

伝説のエピソードを残していってくれたから、

私たちはだっちゃんを思い出す時も、泣かずに笑っていられるんだ。



年をとって、少し気弱になってきた父や母に

遠く離れた場所にいってからも

たくさんの笑顔をくれて、ありがとう。





初盆。。。


家族みんなが、だっちゃんの帰りを待ってるよ。

寄り道せずに、まっすぐ母や父やAの待つ家に帰ってね。


そして時間があったら、帰りにお姉ちゃんのところにも遊びにきてね。

夢の中に出てきても、お姉ちゃんは夢を覚えてられないから、

また「におい」でいいよ。

だっちゃんの存在を感じさせてください。



お盆を過ぎたら、12歳の誕生日だね。


だっちゃんの誕生日には、またケーキを焼くよ。

まめ蔵と茶々と一緒に、ケーキ食べようね。





だっちゃん、お盆だよ。

帰っておいで。


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愛のかたち ~ 最後の選択 ~ 

悲しい話が続いてしまって申し訳ないです。。。







私はダーちゃんの死で

初めて、犬との別れを経験しました。




人のお葬式は何度も出たことがあり、

それぞれに大きな悲しみはあったけれど、

比べ物にならないくらい、

寂しく、悲しく、張り裂けそうな気持ちになりました。



人生で一番、泣きました。




まめ蔵や茶々よりも、

私とダーちゃんは古い付き合いです。

思い入れが強い分、悲しみが薄れるまでは時間がかかりそうです。







かわいい、かわいいダーちゃんの最期は、

自然死ではありませんでした。

一緒に暮らす家族が、安楽死を選択しました。




ダーちゃん




誰よりもダーちゃんを愛していて、

ダーちゃんがこの世からいなくなるのを、

一番恐れていた、私の妹と母が、

その悲しい決断しなければならなかったのは、


想像しがたい壮絶な闘病生活があったからです。







私の母は、介護の仕事をしています。

たくさんの人間の死を見てきています。



ダーちゃんが「末期がん」を宣告された時から、母は、


「延命治療はしない。

痛くて苦しいだけの生活になったら、安楽死にしたい」


と、言い続けていました。



がんの痛みで苦しむ患者さんを

間近で見ている母は、

その苦しみをダーちゃんに味あわせたくなかったのです。






今年の4月、ダーちゃんの容態がかなり悪くなったとき。


安楽死の話が出ました。






しかし、痛みに耐えながらも、

家族に嬉しそうな顔を見せたり、

喜んだり、甘えたりするダーちゃんを見て、


その「生きたい」という強い生命力を見て、


妹や母の「安楽死を」という思いは、揺らいだのかもしれません。




その時は選択できませんでした。





犬は、人間と違って生きたいという思いが強いと聞きますが、

実際に闘病にあたって、

本当に犬という生き物は、心が強く、よく耐えて、

飼い主のために頑張るのです。



生きよう、生きようとする気持ちが強くて、

だからこそ、可哀想な面も多々ありました。



あまり苦しまずに、自然に逝かせてやれたらと

家族の誰もが思っていました。






がんが肺に転移すると、

また、あっという間に容態が悪くなりました。


時間を追うごとに、目に見えて悪くなるダーちゃん。。。




痛みには絶えられても、

呼吸ができない苦しみで、

ダーちゃんはもがいていました。




酸素のレンタルをしていましたが、

呼吸が苦しそうなとき、

効果はまったくといっていいほど得られずに、

ものすごく苦しんでいたと聞いています。







葬式が終わった後日、妹からメールが来ました。



「お姉ちゃんに、安楽死のことを言えなくて

本当に本当にごめんなさい。

苦しくて、どうしても言えなかった。。。」









私はダーちゃんの死を知ったとき、

妹を責めてしまったけれど、

今となってはそれを申し訳なく思っています。




妹は、ダーちゃんの安楽死のことを口にするのが

苦しくて、悲しくて、怖くて、

もう、どうしようもなかったんだと思います。




妹は、誰よりもダーちゃんを愛していたし、

誰よりもダーちゃんの死が怖かったはずです。



いちばん手放したくないものを、

自らの手で、手放さなければならない状況を、

私だったら耐えられるのかどうか、わかりません。




苦しむ彼に対してしてやることのできる、

妹のいちばん最後の手段・・・、

最大の勇気と愛情が、

「安楽死」というかたちでした。




ダーちゃん




安楽死を真っ向から否定される方も多いです。




私も、「どちらかというと」否定派でした。



でも、もし目の前で、

大切な大切なわんこが、想像を絶する苦痛で

もがき苦しんでいたとしたら・・・





私に同じことができただろうか。







実際のところは、

その状況になってみないとわからないけれど、


自分の「生きていてほしい」というエゴだけで、

苦しむ愛犬を生かしてしまうかもしれない。






妹は、本当に悩み、苦しんだと思う。

今でも悩んだり、苦しんだり、後悔するようなときも

あるんだろうと思う。





それでも、

「A(妹)の選択は間違ってなかったよ」

と私は思うのです。



愛情のかたちはいくらでもあって、

その家族、その家族で、とる方法は違うでしょう。




最期まで、戦う努力をするのも愛。

最期くらい、好きなようにさせるのも愛。





うちの場合は、安楽死という悲しい選択だったけれど、

いつまでも苦しませることなく、

母や妹に撫でて貰い、抱きしめられながら

虹の橋に渡ったダーちゃんは、

とても幸せだったはずだと信じています。





ありがとうしか言えなかった 



私のかわいい弟のダーちゃんは、

安楽死で虹の橋を渡りました。




ダーちゃん
うちに来たばかりのダーちゃん。生後3ヶ月くらいのころ。





もち直していた体調は、

ここ2日でどん底まで悪化して、



最期は、呼吸が満足にできず、

眠れずに苦しいだけの時間を過ごし、

排泄のために起き上がることもできない、

生き地獄のような状態だったそうです。



ダーちゃんが苦しむ様子を目の当たりにしながら

何も手助けしてやれない歯がゆさで、

一緒に暮らす家族は、泣きながら、

ほとんど徹夜で看病をし、

そして、悲しい決断をしたのでした。










ダーちゃんの主人である妹から、


「もう、これ以上苦しめられない」



とメールが来たのは、6日のことでした。

そのメールを見て、安楽死のことが頭をよぎりました。

近い将来、そうなるのかもと。



7日、なんだかいやな予感がして、家に電話をしました。



私「ダーちゃん、どう?」

母「もうダメよ、明日葬式かもしれない」

私「仕事終わったら、家に帰るよ」

母「今日は大丈夫よ、明日来るんでしょ。何かあったら連絡するから」

私「でも、ダーちゃんに会いたいから帰る」


そして、母がダーちゃんに電話を代わってくれた。

「ダーちゃん!」

と呼ぶと、「ウォウウ」と、苦しそうな低い声が聞こえました。




そのあと、仕事が早く終わりますように、

と、願いながらパートに出ました。

でも皮肉なことに、GW明けの病院の混雑は半端なく、

時計を見ると、21時半を過ぎていました。






パートが終わり、携帯の着信を見たら

妹から5回も不在着信が入っていました。



いやな予感がさらに嫌な直感になって、

心臓をバクバクさせながら電話をしたら、涙声の妹が



「お姉ちゃん、ダーちゃん死んじゃった。

もうこれ以上苦しめたくなかったから、先生に来てもらったの」


「うそでしょ? さっき電話でそんなこと言ってなかったじゃん。

先生が来るのが決まってたなら、

どうして教えてくれなかったの!?」



亡くなった時間は15時。

私と電話で話したすぐ後です。




涙がいっぺんにどわっと出て、

ダーちゃんの死を想像すると、

気持ちが悪くて吐き気がしました。


死んだこともショックだったけど、

電話のとき、すでに、安楽死を予定していたのに、

それを教えてくれなかったショックのほうが、大きくて。。。




私はパート先の更衣室でパニック状態になってしまい、

パパが車で実家まで急いでくれました。



冷たく横たわったダーちゃんを見たら、

また涙がどわっと出てきて

抱きしめて号泣しました。




静かになんか泣けませんでした。

嗚咽をあげながら、泣きました。




ダーちゃんは、冷たくなっていたけれど、

毛がふかふかしていて、

人間が死んだ時のような冷たさや固さはありませんでした。


とてもキレイな死に顔でした。


でも、最後の最後まで呼吸が苦しかったんだろう、

口をあけたまま、眠っていました。



ダーちゃん




私は許せませんでした。



どうして安楽死を決めていたのに、

それを教えてくれなかったの?


本当に危なくなったら連絡する、と、母も言っていたのに、

どうして内緒にしたの?


たった30分ほどで帰れる距離にいるのに、

どうして最期、会わせてくれないの?





ダーちゃんの最期を看取ったのは、母と妹でした。

「どうして!?」

と泣きながら尋ねても、

妹は、ごめんなさいと言って泣くだけでした。




ダーちゃん
2年前、まだがんが発覚する前のダーちゃん。





私は、ダーちゃんに会いたくてたまらなかった。


だけど、家族がしたことがどうしても許せなくて、

葬式に行きたくありませんでした。




夜もずっと眠れず、

泣いては考え、考えては泣いてを繰り返していました。




父と、朝の5時半までメールでやり取りをしていました。


父は、

「どうか許してやってほしい。

お母さんもA(妹)も、本当にぎりぎりのところで

今、踏ん張っているんだ。

これ以上、追い詰めないでやってほしい。

ワンちゃんのために、葬式だけでもいいから来てほしい」

と言いました。



私は

「生きてるダーちゃんに会いたかった。

葬式で、抜け殻に会っても意味がない」

と言って参列を拒否しました。





朝いちばんに、父から再度電話が来て

「葬式、本当に来ないのか? 

来ないなら、3人で9時には家を出るよ」

と言われました。



頭の中がいっぱいで、すごく悩みました。

死体とはいえ、ダーちゃんのやわらかい毛並みに、

もう触れなくなることを思うと、

寂しくて苦しくて、

もやもやしながらですが、参列を決めました。





私たち夫婦と、父、母、妹、ダーちゃんで、

お葬式の会場に向かいました。



車の中、ダーちゃんは赤ちゃんの頃のように、

父に抱っこされて、

外の景色を見せてもらっていました。



父とダーちゃん
父とパピーの頃のダーちゃん



父も母も妹も、ダーちゃんに外の景色を見せ、

一生懸命話しかけながら、泣いていました。



助手席の私は、このときはまだ

家族のことがどうしても許せなくて、

後ろを振り返れませんでした。


その輪の中に、入れませんでした。




慈恵院



府中市にある慈恵院で、ダーちゃんは個別の立会葬をしてもらいました。



ベダンダのお花が大好きだったダーちゃんが、

すごく喜ぶような、

きれいなお花がたくさん咲くお寺。




私は家族の輪に入らず、一人で泣いていましたが、

駐車場に着き、両親が受付を済ませに出るとき、

父が言いました。


「Y(私のこと)、ワンちゃんを抱っこしてあげなさい。

もう、最後だよ」


後ろを振り返ると、かわいい顔で死んでいる

ダーちゃんを妹が抱きかかえて、


「抱っこしてあげて」


と言いました。




私は後部座席に移動して、ダーちゃんを抱きしめました。




ダーちゃん



ずーっと、抱きしめたかった。

生きてる時は、こんなに強く

ギュッと抱きしめられなかった。



全身「がん」だらけで、

どこを触っても痛い体だったから、

そーっと抱きしめることしができなかった。



額をなでて、

頬ずりをして、

思いっきり抱きしめて、泣いた。


体をさすると、ボコボコだった。

体中、ありとあらゆるところに腫瘍が出来ていた。

痛かっただろうね。

お腹も胸も、肩のあたりも、水がたまってパンパンで

痛かっただろう、苦しかっただろう。

本当によくがんばったね。


ありがとう。

ありがとう。


たくさん臭いをかいで、

やわらかい毛をなでました。






ダーちゃんは、大きな棺代わりのバスケットに入れられて、

私たちは周りをお花で飾りました。

ダーちゃんの最期の姿を飾ったのは、

私の大好きなトルコキキョウの花でした。



ダーちゃん



それから、手にはたくさんの食べ物を持たせました。

大好きだったパン、鳥レバーの焼き鳥、ソーセージを胸に抱かせました。



私は、手紙を入れました。

「お母さんやAのしたことが許せないんだ、

許したいけど

どうしても許せないんだ。

ダーちゃんが大好きな、お母さんやAのことを

お葬式の日でさえ、そんな風に思ってしまうお姉ちゃんでゴメンね。」



その他もろもろ、

たくさんのダーちゃんへの思いを書いた手紙を棺に入れると、

家族に対する憎しみや、悲しみが、すっと消えました。


本当に、不思議な瞬間でした。


ダーちゃんが、私の嫌な気持ちをすべて

吸い取ってくれたみたいでした。





母が棺に入れるために持ってきたものの中に、

私の着物の半襟がありました。


なんでそれを持ってきたのか・・・

母なりに思い出の品だったようですが、不明です。


なんだか、よくわからないけど、

私はとても嬉しく思いました。

私の知らない、自分とダーちゃんをつなぐもの(半襟)を、

母が持ってきてくれたことが嬉しかったのです。



花

花



火葬場で、扉が閉まるギリギリまで、

家族でたくさんダーちゃんをなでました。



最後は、飼い主の妹が、ダーちゃんにキスをして見送りました。



扉が閉まるとき、


母と妹は「待っててね」と

私は「ありがとう」と叫びました。



慈恵院の緑




火葬場を出て、

お骨になるまでの時間、

私は待合室でじっと座っていることができず、

木や花の写真を撮って、気を紛らしていました。

泣きながら、写真を撮っていました。



慈恵院

花



旦那に言われて空を見ると、

ちょうどダーちゃんが、虹の橋にわたっていく煙が見えました。



ダーちゃんの煙



煙になったダーちゃんの姿を見て、

私はこのときが一番、悲しかった。


外だというのも忘れて、

人目を気にするのも忘れて、


大声をあげて泣きました。


一緒にいた旦那も、一緒にたくさん泣いてくれました。




ダーちゃん



そして骨になったダーちゃんを

家族でひとつずつ拾いました。


慈恵院さんはとても丁寧に、よくしてくださいました。



ダーちゃんは20キロ以上あるBIGコーギーだったけど、

骨になると、本当にちいさかった。


仏様の形をしている骨は、とってもきれいに残っていました。




キレイな骨壷に入れられて、

火葬場を出たとき、父が声をあげて泣きました。

私は父の背中をなでました。



私の結婚式でも、祖母のお葬式でも、

父は涙を見せていたけれど、

ここまでむせび泣く父を見たのは初めてでした。

父にとって、喋れないダーちゃんは、

生意気なことを言う娘たちよりずっと、

かわいい存在だったことでしょう。




それから、ダーちゃんは、お経を唱えてもらいました。




そして、妹の腕に抱かれて

大好きだったおうちに帰りました。



ダーちゃんがいつも寝ていた部屋に、

ダーちゃんがいません。


母はこのときが一番、悲しかったようでした。



ダーちゃんの形見



私はダーちゃんの牙と爪を、

分骨してもらいました。



ダーちゃんは犬が苦手でした。


まめ蔵を一度、実家につれて帰ったら、

ベッドの下にもぐりこんでブルブル震えて出てこず、

その後も、私だけが帰っても、まめ蔵の臭いのせいか、

隠れてしまうくらい、苦手でした。


まめ蔵と茶々のいる家に、形見を持って帰ると、

まめ蔵も茶々も、形見の臭いをかいで

尻尾をクルクル回していました。



まめ蔵と茶々は、嬉しそうでした。



ダーちゃん、もう、犬は怖くないのかな。


虹の橋に行ったら、ワンコ嫌いが直ったのかな。





最後の2ショット
4月に撮ったこの写真が、ダーちゃんとの最後のツーショットになりました。



たくさん言いたいことはあったけれど、

いっぱいいっぱいの時に出てきた言葉は

「ありがとう」だけでした。





ダーちゃんがいなかったら、

私の家族はバラバラになっていたと思います。

うちの家族はみな、気が強く、

譲らないので喧嘩が耐えないんです。


そんな私たちにとって、ダーちゃんはいつも真ん中にいて、

家族を仲良くしてくれる、

やさしい存在でした。




結局、お葬式の日まで、私の心のわだかまりを溶いて、

家族がバラバラにならないようにしてくれました。



家族の光のような子でした。




ダーちゃんが死んでしまって、

涙は止まらなくなったりするけれど、

今でも、どこかにいてくれているような気がするんです。


家族がバラバラにならないようにと。



今は、母の衰弱がひどくて、

見ているのも辛くなるくらいです。




本を読まない母でも、

もしかして気が向いたら読んでくれるかもしれないと

先週、母の部屋に置いてきた

「虹の橋」の絵本。



母はしっかり読んでいて、

何度も何度も読んでは、涙を流して、

虹の橋を信じています。


この先もう一度、ダーちゃんに会える日がくるのを

信じています。





サヨナラではないと思うのです。



しばらく会えないけれど、

いつかまた会えると、私たち家族は信じているよ。




でも、ダーちゃんの姿が見えない家に慣れるまでは、

相当な時間が必要そうだよ。




5月7日 

君の生まれた日を、私たちは知らない。





生後3ヶ月で、うちにやって来た2日後、

君は、激しい嘔吐、下痢を繰り返しました。




病院に連れて行くと、

パルボウィルスに感染していることが分かりました。



今現在の動物医療がどれだけ発達しているのか分からないけれど、

君が感染した当時は、

抵抗力のない3ヶ月の子犬が感染すると、


「美味しいものを食べさせて、最期まで可愛がってあげてください」


と、さじを投げられたものでした。





パルボウィルスは、潜伏期間が1週間ほどあり、

うちに来てからの感染ではなかったので、

ペットショップに電話をすると、


「元気な子とお取替えいたします」


と、言われました。



君を買ってきた妹は、まだ高校生で、

何も言い返せないで泣いていましたが、

私は怒って、電話口に責任者を出してもらい、


「この子は、たった二日しかうちで暮らしていないけれど、
私たちの家族です。家族を取り替えることなんて出来ません。
ものじゃないんですよ!お金を返してください。」

と言いました。


「お取替えするという、決まりなので、全額は返せません」

と、責任者の女性は言いました。



「それじゃあ、返せるだけでいいから、返してください」

と詰めたところ、後日、購入代金の半額が

妹の口座に振り込まれました。

そのお金は、君の治療費に当てられました。




動物病院では、行くところ行くところで

「望みは薄いです、諦めてください」

と言われました。



でも、私たちは君の命をどうしても諦められず、

なんとか治療をしてくれるお医者様を探そうと、

たくさんの動物病院をまわり、

S原先生のところで、ようやく

「インターフェロンを試してみましょう」

と言って貰えました。





君は、奇跡的に復活してくれました。



夜中に固いウンチをして、

嬉しくてほかの家族を起こしたら、

みんな看病疲れで、倒れるようにして寝ていたので、

「固いウンチくらいで、起こさないでくれ!」

と怒られたのを覚えています。





きっと、あのショップの店員さんは、

君は虹の橋に行ったものと思ったのでしょう。



送られてくるはずの血統書は、

届きませんでした。




だから、君の生まれた日も、君の家族も、

私たちは知らない。







だけど、君のいなくなった5月7日は、

一生一生、忘れられない日になってしまった。




君のいなくなった日、


世界中に、こんなに悲しい日があるなんて、

私は知らなかった。




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介護と心のケア 

実家の家族から、ダーちゃんの病状について

毎日電話がかかってきます。




今日は、比較的楽そうだ、

なんだか様子がおかしい ・・・など。






今のところ、排泄に障害が出ていないので、

きっとまだ大丈夫なはずだと思っているのですが、

今日は母が大泣きしながら電話をかけてきて、

私は一瞬、死んでしまったのかと思って

出先でクラッとしてしまった。




家に自分ひとりしかいないという時に、

愛犬の具合が悪いと、

本当に不安で心細くて、泣きたくなります。


だから、パニックになって泣きながら電話をよこす

母の気持ちがすごくよく分かります。



だけど、母のあの取り乱しっぷりを見てたら、

いざダーちゃんがいなくなったら、

母はどうなってしまうのだろうと、とても不安になってきます。




この間、母が

「ダーちゃんは、死んだら、天国にいくのよね」

と言うから、虹の橋の話をしてあげたら、

少しだけ、安心したようでした。


気休めにでもなるのならと、今度の週末は

虹の橋の絵本を探して

買って行こうかと思ってます。



 ※ その他、おすすめの書籍があったら教えてください。
   母は老眼なので、絵本くらい文字が大きい簡単なものが良さそうです。








ダーちゃんは妹が買ってきた犬だけれど、

実際、お世話の大半をしているのは母。



犬とはいえ、20キロ以上になるダーちゃんの介護は、

とても大変だと思います。



ダーちゃんは、皮膚にできたがんが、

大きくなって化膿していて、その臭いがとてもキツく、

体液や血液がたくさん出て、布団や絨毯に染みるので、

毎日の洗濯物だけでも、相当な量になります。



ご飯を食べさせ、水を飲ませ、

買い物に行くにも、ダーちゃんを一人にさせることを心配しながら、

母は日中ほぼ一人で、付き添っています。




ダーちゃんは、今まで、車で1時間ほどかかる病院に

お世話になっていましたが、

いざ具合が悪いというときに、

パニック状態になった母が、車を運転して、

一人でそんな離れた病院に行けるとは到底思えず、

私は、近所の往診してくれる病院を探しました。


明日、その先生が初めてダーちゃんを診てくれます。



もう、積極的な治療をすることはありませんが、

少しでもダーちゃんの今の苦しみを緩和できるといいです。

そして、母や妹の相談に乗ってくれる、良い先生だといいな。。。




私はできる限り、実家に帰るようにはしていますが、

離れて暮らしていてお世話ができないので、

ダーちゃんにしてあげられることは、

「会いに行くこと」しかありません。




ダーちゃんにしてあげられることが少ない分、

家族をサポートしてあげられたらと、思っています。





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